砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

LAに帰ってました。

先週末はLAに帰っていました。


今週は次男の卒業が掛かった期末試験があるので、邪魔にならない様に私達老夫婦は静かに週末を過ごしていました。(何でこんなに気を使わなければならないのか分からないのですが〜)


10月の長男夫婦のウエディング写真が丁度E-mailで届いたので、その編集コツコツしていました。



プロのカメラマンに頼んだそうですが、その膨大な量の写真を見ると「そんな場面もあったな〜」とボケた記憶が蘇えるものです。


10月にNYに向かった時は、奥さんの頭の中は長男とのダンスを転ばないで上手く踊れるかで頭の中は一杯。


私も新郎の父のスピーチを英語でしなければならなかったのでトチらない様にで頭が一杯でした。


息子に恥を欠かせない様に神経使う老夫婦だったので、参加した人とか式の事も気を配る余裕が無く、こうして写真で振り返ると色々と記憶が戻って来ます。




振り返ると花嫁のお父さんがユダヤ人ですのでユダヤ式結婚式でしたが、お父さんの親族は10人程しか参加しておらず、お母さんのカソリック系親族は100人を超える人数でパーモント州から来られていました。


血統を重んずるユダヤ人は千年を超える恩讐のカソリック系との関係は歴史的に難しい物があるようです。


そのカトリック系親族の中には98才の祖父が元気に参加してくれていましたが、話しに聞くと太平洋戦争に参加されていたそうです。



エンジニアの学生の時にフィリッピン戦に参加したと聞いて、ちょっとギックリ。


フィリッピンといえば大量死を出した日本軍との「バターン死の行進」があった激戦地です。

その時おられたのかなどは、さすがに聞けませんでした。


しかし日本と戦火を交えた事は間違いないでしょう。


私の父親も特攻寸前で終戦を迎えて生き残れましたが、孫娘の花婿が日系である事に何を感じておられるのか流石に気になりました。


しかし、式が終わってからの披露宴で皆と踊り歌う姿を嬉しそうに眺めるお爺さんの姿に、既に恩讐の思いは消えている様に思えてなりませんでした。


お婆さんの方は孫娘のウエデング姿に歓喜の涙を流していました。



そんなお爺さんお婆さんから「愛のみが恩讐の壁を超えて行く事が出来る」と感じたしだいです。


次の世代が人種や宗教による壁を乗り越えて調和する世界に、一歩一歩近づいて行く事を写真を編集しながら感じました。

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