砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

紫陽花

友人が「あじさい寺」と呼ばれる北鎌倉 明月院の紫陽花をLINEでアップしてくれた。



「移り気」などと酷い花言葉を付けられながらも、梅雨の中で健気にも咲き誇り人々を楽しませてくれている。


僕はあの紫陽花の淡い色が好きだ。


実は紫陽花には子供の頃の思い出がある。


確か小学5年生の頃と思ったが、水彩で描いた紫陽花で何かの賞を貰った事があった。


幾つかの紫陽花を大きく描いたのだが、その花びらの描き方を何故か良く覚えている。


画力が足りないこともあったが、細かい描き方が嫌いな僕は青と白の絵の具をパレットに出し、それを指先でこねて紫陽花の花弁として描いた。


殆ど指先で描き、筆を使ったのは背景となる葉ぐらいだっただろうか。


後ろの緑の葉から、浮立つ様に鮮やかな紫陽花を描いた。

頭で覚えていると言うより、描いた指先が記憶している感じだ。


砂漠の町に住んでいると、あの鬱陶しい梅雨でさえ懐かしく思ってしまう。


学校の帰り道、雨の中で紫陽花は沈む心を慰めるように健気に咲いていた。



そんな子供の頃の情景をつらつら思い出してしまったのだ。


紫陽花を詠んだ短歌で僕が好きなのは藤原俊成の


「夏もなほ 心はつきぬ あじさゐの 

       よひらの露に 月もすみけり。」


「紫陽花の上の、露に映る月を愛でる」古来からある日本人の美意識に感動する。


夏の夜の紫陽花の淡い藍色と、月光の組み合わせは想像するだけで「美しい〜」と思ってしまう。


実に紫陽花はこの時期の風物です。


昨年他界した母の俳句集にも幾つかの詠まれていた。


「あじさゐや 一雨ほしき 農作業 」


「雨となる 路地の紫陽花 色深し 」


「紫陽花や いつも心に 母ありて 」


紫陽花は色によっても花言葉が違うそうです。




青は辛抱強い愛情


ピンク 元気な女性


白は寛容


母の詠んだ紫陽花はどの色の花だったのでしょうか。



何かもう一度紫陽花の絵を描いてみたくなってしまった。


まあ今年は無理だが(今描いているのが手間かかっているので)、来年の今の季節には描こうかな、

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