砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

愛は人を変える。

夕方ニューヨークに居る息子から電話がかかって来た。

「お父さん、どう?元気?」


彼がこうした電話をかけてくる時は、たいがい彼自身が元気のない時である。


「あゝ元気だよ、そっちはどうだい?」と聞くと「実は〜」と話しが始まった。


どうやら長男夫婦の愛猫モモが癌と診断されたようだ。


もう老年期のメス猫なので、目も良く見えなくなってきているので寿命と言えば寿命なのだ。


元々嫁さんの飼い猫(厳密に言えば友人から預かったままで棲みついた)なのだが、結婚して身一つでロスからニューヨークに移った息子の心の安らぎだったようだ。



ロサンゼルスにいた時は、あんなに猫が好きだとは思いもしなかったが、今では心の友。


彼が就職で悩んでいた時や、仕事で疲れて帰って来た時に愛猫モモが随分と慰めてくれたそうだ。


「獣医は手術や抗がん剤治療もあると言っているけど、どうしようかと思っているんだ。

昔のお母さんのキモセロピー(抗癌治療)も大変だったし〜」

いったい猫と自分の母親の治療を重ねるとは、なんちゅう息子だ⁉︎


しかし、そんな事を言ってはいけません、彼にとってモモは家族なのだ。


「いや〜手術をしても、もう高齢だし辛いと思うよ。

美味しい物を食べさせて、天寿を全うするまで愛してあげたら良いんじゃないかなぁ」と私はアドバイスした。


すると息子は「そうだねワイフと話したんだけど、モモ(猫の名前ね)に蟹とかマグロの中トロなんか食べさせてあげようと思っているんだ」と言う。


人間様も余り食べれないそんな高級な物を食べさせてあげて、もう十分幸せな猫じゃあないかと思いました。



私が「心から愛した動物は、死んでからも霊界で会えるみたいだよ。愛情は全ての垣根を越えるからね」と言うと、

そうした話に無頓着だった息子が、電話の向こうでウンウンと頷いている。


愛は人を変えるんだなぁ〜


社員で愛猫家の女子とこの話しをすると「私も愛猫が死んだ時は、心の整理の為に会社にお休み頂いたんです」と言う。


私も奥さんも農家出身なので、家には犬も猫もいたけど、そこまでの思い入れはなかった。


農家では犬は番犬として、猫は天敵であるネズミを取ってくれる家畜と言うコンセプトがあるからだろうか。


ペットに対する愛情のレベル アップに時代を感じました。


愛する事で一つになり、家族に成るんですね。

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