砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

20年ぶりのリトル東京の市立図書館。

砂漠の徒然草

20年ぶりに、ロサンゼルスのリトル東京にある市立図書館へ行ってきました。





街を歩く日本人も少なくなって、「日本語の本や雑誌、まだちゃんと置いてあるのかな……」なんて少し心配だったのですが、行ってみたらびっくり。



思いのほか充実していて、日系のみなさんのパワーが健在なことにホッと胸を撫でおろしました。



今回図書館に来たのは、妻のためです。


キモの治療の時間がどうしても暇で退屈らしく、「何か目に楽しいものでもないかしら」と言うので、パラパラ眺められるきれいな景色の本や、くすっと笑えるゆるい漫画をいくつか借りてきました。



この歳になると物も本も増やしたくないですし、図書館で借りるのが経済的でちょうどいいですね。



実はここ数日、妻と二人で少ししんみりしていました。女優の中村ゆりさんが44歳の若さで亡くなられたニュースを見たからです。



私は芸能ニュースに疎いのですが、妻が大好きな女優さんだったそうで……13年ぶりの再発と知って、ご本人の無念さを思うと本当に胸が痛みます。

心よりご冥福をお祈りいたします。



妻自身も25年前に乳癌になり、今は膵臓癌と向き合っています。

71歳になった今は「孫もいるしね」と病気を受け止めていますが、40代で最初に病気になったときは、まだ幼い息子二人を抱えて目の前が真っ暗になったそうです。

当時の不安や葛藤を、今日はいろいろと話してくれました。

ほんと、人生って何が起きるか分からないものです。


それでも何とか乗り越えてきて、今こうして二人で穏やかに過ごせています。


借りてきた漫画や雑誌を眺めながら、今日も一日、のんびり優しい時間を過ごせたらいいなと思っています。

気が向いたらでOK。

サンタモニカの窓辺と、遠くから届く家族のぬくもり。

砂漠の徒然草

今日から、妻の抗がん剤治療(キモ)が始まった。

サンタモニカの癌センターの窓からは、遠くに青い海が広がっている。

5時間という長い治療時間も、この景色が少しだけ心を軽くしてくれる。



病室の暗いイメージとは裏腹に、ここはさすが楽観主義の国アメリカ。

あちこちで陽気に喋りまくる声が響き、中には堂々とおやつを食べながら治療を受けている人もいる(いいんかい!)。

妻はYouTubeを眺め、私はその隣で本をめくったり、たわいのない会話を交わしながら時間を過ごしている。



そんな治療初日の朝、日本にいる次男から写真と励ましのメッセージが届いた。どこか見覚えのない景色の写真に「何処の写真?」と尋ねると、「二子玉川の土手」だという。



妻が19歳で上京した頃、二子玉川の高島屋にある「虎屋」で看板娘(?)として働いていた。次男はその思い出の地をわざわざ訪れ、写真を撮って送ってくれたのだ。

当の妻は「全く何処か分からん!」と笑っていたけれど、息子のその優しさが嬉しい。

まあ正直、写真のセンスはもう少し磨いてほしいところではあるけれど。


一方、ニューヨークにいる長男夫婦からは、毎日のように孫の写真やビデオが届く。

SNSへの写真アップ禁止令が出ている為ここでお見せできないのが残念だが、10ヶ月になる孫の愛くるしい笑顔は、まさに今の妻にとって一番の薬だ。

代わりに見守り役の猫の写真をアップしておくとしよう。



親となった長男がこうして毎日妻に電話をかけ、優しく励ましてくれる姿には深い感慨を覚える。

長年の単身赴任中、妻が愛情を注ぎ、二人を育て上げてくれた。

その強い絆が、今こうして大きな温もりの輪となって私たちを包み込んでくれている。


毎週火曜日、5時間の治療。決して楽な道のりではないけれど、遠く離れた息子たちや孫の笑顔、そしてこの太平洋の青い海が、いつも妻の背中を優しく押してくれるはずだ。


焦らず、一歩ずつ、乗り越えていきたい。

気が向いたらでOK。

涙と共に食べるパンの味

砂漠の徒然草

ラスベガスの私の主治医から届いた小包を開けると、見慣れぬ薬がいっぱい入っていた。



調べてみると抗うつ薬や睡眠導入薬だという。

妻が膵臓癌のステージ4だと電話で告げたとき、主治医が私の精神的な疲弊を察して届けてくれたのだ。

副作用があるようなので、さすがに仕事への影響を考えて薬には手をつけていない。


だが、この数ヶ月で私自身の体重も5キロ落ちていた。

眠れぬ夜が続き、気づかぬうちに心身のバランスはきしみ声を上げていたのだと思う。

(最近はだいぶ良くなりました)


かつて兄の看病を一人で担っていた兄嫁の苦労が、今になって痛いほど身に染みる。


幸いなことに、妻は今も口だけは達者だ。

二人でくだらない冗談を言い合い、なんとか今日という日をサバイバルしている。

けれど、この先の見えない暗闇のなかでは、どうしても心の皮膚が薄くなり、些細な言葉や行いに敏感になってしまう。


友人たちからの励ましのなかで、「頑張って!」という言葉に妻が重荷を感じていることを最近知った。

すでに全身全霊で病と戦っている彼女にとって、それは「これ以上何を頑張ればいいのか」という問いかけになってしまうのだ。

一方で、「焦らずゆっくり休んでね」「治療の成功を祈っているよ」と言葉を添えてくれる友人たちの深い思慮には、心がじんわりと温かくなる。

多くを語らず、ただそっと背中に手を添えてさすってくれる友人の存在に、ふと神様を感じることさえある。




見舞いの品々にも、人の心の機微が表れる。病状を気遣って届けてくれた手作り豆腐や薄味の煮物、体にやさしい野菜スープの食材を目にすると、その優しさが胸に迫り涙がこぼれそうになる。

一方で、好意からとはいえ今の体には障る甘い菓子や肉類が届くと、ありがたさと同時に少しの苦笑いが漏れる。

それでも私が妻の友人と思っていた人から電話やテキストさえも来ないのよりは良いかな....無関心は寂しいだろうと諸行無常を感じますね。


けれど、そう感じる自分に気づくたび、ハッとするのだ。妻が大病を患うまで、私自身もどれほど無頓着、無関心に、誰かの痛みを過ぎ去ってきたことだろう。


ドイツの文豪ゲーテの長編小説『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』に、有名な詩の一節がある。


「涙と共にパンを食べた者でなければ

夜を徹して泣き明かした者でなければ

天の力を知ることはできない」


「天の力を知る事は出来ない」を日本では置き換えて「人生の本当の味を知る事は出来ない」という翻訳で親しまれるこの言葉は、本来、過酷な夜をくぐり抜けた者だけが触れ得る「天の力(神の力)」をうたったものだという。



自分や大切な家族が苦難の渦中に置かれて初めて、人は他者の痛みの深さに真に思いを馳せることができる。

夜の静寂のなかで涙とともにパンを噛みしめるような今だからこそ、私たちは人の優しさの真価を知り、目に見えない大きな力に生かされていることを知るのかもしれない。

もっとも癌はパンは余り食べてはダメなので玄米だが。


今日も冗談をひとつ交わしながら、私たちは二人で静かに、天の力と人の温もりに満ちた今日という一日を歩んでいきたい。

気が向いたらでOK。