砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

あの世はどの世

「頼んでもいないのに、自動的に連れて行ってくれる所はど〜こだ?」のナゾナゾの答えは「あの世」です。


人間60を超えると体調のみならず、「次の世の事」もそろそろ考えておかなければならない。


10年後か20年後か、はたまた今日か明日かわからないが確実に来るのが「あの世」です。


確かに「死後の世界」があるか無いかで、人生観は随分変わりますもんね。


「そんな物は無〜い!」とおしゃる方もいると思いますが、霊界が無い事を証明した人はまだいませんしね。


かえって臨死体験などで「霊界を見て来た!」という証言をした人たちは意外といるのですよ。


最近ではハーバード大学のDr.Eden Alexanderのような著名な科学者が自身の臨死体験から霊界を証ししてます。

実際、行った事も無い世界を知るには、行ってみた事がある人の話を聞いて判断するしかあるませんよね。


オジサンが参考にしているのはスウェーデンボルグが見てきた霊界です。


当時一流の科学者だった彼が見てきた霊界は多くの宗教で言われていた霊界とは少々違う世界でした。


この世と何ら変わらない姿で、霊界は存在し、天国、地獄は誰かの裁きによるものでは無く、自分の霊的レベル(本質的人格)によって自らが決めて行くそうです。


地獄も自己愛と世俗愛にまみれた霊が自らエゴイスティックな世界を作った悲惨で残忍な所である。
彼らにはその世界の方が居心地が良いそうだ。


神の愛と隣人愛にあふれた霊位の高い者たちが住む場所が天国だそうだ。


本質的な霊的レベルよって評価されるので、霊界では有名な神父や将軍がこの世的な名声と力で尊敬を集めようとしても無視されているそうだ。


彼が聖パウロやダビデ王を地獄で見たと言ったりしたので当時の教会から異端視されてしまった。
(もうちょっと上手く言えば良かったのにね)
新約聖書の中のパウロの書いた書簡はキリスト教理論の基礎である。
そのパウロを地獄で見たと言うのだか異端になるわいな。


しかし、特定の宗教によって天国、地獄が決まるのでは無く、人格や霊的レベル、神様の愛に近く正しく生きた者が天国に住むというポイントは納得できる。


いくら素晴らしい教えを受けても、人格が成長しなければいけません。


真理(ロゴス)の目的は人格、人格の目的は心情です。


と、言うことは「あの世」に行くまで、オジサンも人格的、霊的成長のため努力しなければならないわけですな。
歳をとってもボ~と生きてられないんですね...........。


え、「正しく生きて霊界無かったら、どう責任取ってくれるんだ!」ですって⁈
そうですね〜まあ
あの世でじっくり謝罪させて頂きます。


ラスベガスのギャンブルで儲かるより、はるかに高い確率で霊界はあると思いますよ。

×

非ログインユーザーとして返信する