砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

「どろろ」

今週はムチャ忙しかった。


原因はいくつかある。

1つは整形外科の年次総会で3万人程の来訪者があった。

高須先生来られていたのかな?


そしてもう一つは、明日から4万人規模のWholesale コンベンションが始まる。

更に今大学のバスケットボールの全国大会が開かれているのでこの時期は昨年も忙しいかった。


そして追い討ちをかけるかのように、主要セールマンの一人が1週間のバケーションに入ってしまったので彼のセルラーを預かっている。

セルラーを預かると言うことは彼の顧客のケアーをする事であり、仕事が2倍になるという事だ。


したがって今土曜日の午後となり、かなりのバテ方をしている次第です。


AI化して快適なビジネス環境になるのは、いったい何時になるのだろうか!?


グッタリ横になり、テレビを見たがコレといった物がない。

サスペンスは途中で寝てしまったのか途中が消えているので何が何なのか分からず仕舞い。

唯一眠らないで見たのはアニメの「どろろ」だった。


手塚治虫作品の現代版であるが、懐かしくも楽しむ事が出来た。

あれはオジサンが小学生の頃で有ろうか。

魔物に奪われた自分の身体を、魔物と戦う事で一つ一つ取り返して行くわけだが、魔物のおどろおどろしさと共にストーリーもわりと良く覚えていた。


昔のアニメはオリジナリティに溢れていたね〜。


「自分の人生も、失ってしまった物を一つ一つ取り返しているのかな」とふっと思った。


コレはキリスト教的考え方かもしれないが、人間始祖が神への不信により堕落し、失った信仰と愛を取り戻す戦いの人生だと言う人生観がある。


信じる事と、愛する事は簡単には出来ない物なのですな。


哲学的には無知から知を得るため真理を探求し、無情から情を得るため美を追い求め、無意から意を得るため善を追求する。


心の3機能である知情意は、真美善を求めて放浪していると言うわけだ。


桃太郎も猿(知)、犬(情)、キジ(意))を得て鬼退治をしたいう内容の物語だと言う人もいる。


残念ながら、それは試練と戦い勝って得れるものなので「どろろ」のストーリー性とカブるような気がするのだ。


オジサンも60にして未熟であるが「チャレンジはしないとな」と思った次第です。

「人生は本来の自分を取り返す為の旅」最近は「理想の家族を復帰する為の旅」とも思う。


「ゲゲゲの鬼太郎」もやってますね。


少なくともネズミ男のようにはなりたく無いですね。

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