砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

DNAの旅

DNAは簡単に言えば、私達(生物)の体を作る設計図です。さらにDNAには書籍3万冊以上に匹敵する膨大な遺伝情報が書き込まれている。この遺伝情報で親の生物的特徴を子供に伝えて行くわけです。
今やこの遺伝子情報をコンピューターで解読出来ると言うのだからスゴイ、病気の原因を解明し、治療情報を見つけて行く事が出来きるそうです。
機会があればオジサンのDNAも解読してもらいたい気もするが、まあ60歳まで生きてこれたのだから今更細かい事を知っても意味がない。



現存する人類の母系の家系をたどってゆくと、たった一人のアフリカにいた女性に辿り着くそうです。
母親から子供に受け継がれてゆくミトコンドリアDNAを辿って行きついた人類共通女性先祖を科学世界では「ミトコンドリア.イブ」と呼ぶそうです。


面白い事に男性のみに遺伝してゆくY染色体をたどってゆくと「Y染色体アダム」が発見されるかもしれない。
バイブルにあるように私達は人類の共通先祖アダムとイブから生まれた兄弟姉妹と言う事だ。「One Family under God」と叫ぼう。


12-20万年前に生きたイブから現在のオジサンたちまでDNAの旅は続くのですが、その過程で様々な遺伝情報が書き込まれたわけですな。
厳しい自然環境、悪い社会環境の中でサバイブしてきたのだから良い遺伝子情報もあれば、負の遺伝子情報もあったわけです。
この負の遺伝子情報が人類のマイナス面を作ってきたのでして、平和と安定を求める生存的欲望とは裏腹に、人類史は闘争と対立による血塗られたものになってしまった。
そうした闘争史の中で多くの人々がバッタバッタと死んで行った中で、今生きている人達はサバイブしてきたのだから、強い生命力と運のDNAを持っている者なのかもしれないない。


シェアハウスで一緒にいるミスターSも、見れば初老のアメリカ人だか元を正せば、ミトコンドリア.イブの子孫が北を目指しヨーロッパの方に移住してインド.ヨーロッパ語族のゲルマン人としてスカンジナビア地帯に細々と生き、やがてフン族に追われ、嫌われながらもローマ帝国内に大移動して、今のフランスの地に居付いて、中世暗黒時代を暗く生き延び、百年戦争でも生き延び、ペストでもナカナカ死なず、フランス革命、ナポレオン戦争で仲間や家族を失いながらも生きて、新天地を求めアメリカに移住してみたが、モルモン教に入って迫害を受け、追われ追われてユタ州に辿り着き、第一次、第二次世界大戦でもシブトク死なず、今ベガスに父親の戦った日本人のオジサンと同じ屋根の下で単身赴任している。
これも貴重な強い生命力と運のDNAがここに生きていると思うのです。


オジサンのDNA(遺伝子情報)と言えばアダムとイブの地を離れ、日いずる地を求めユーラシア大陸を東に放浪し、今の日本の地で縄文式土器で魚介類を食べ、弥生式に生活デザインを変えていたら大和朝廷の支配下になり、平安の大飢饉にも生き延びて、源平の合戦にも死なず、鎌倉、室町時代も生き延びて、気候が良いからと駿河の地に住んでみれば戦国時代が始まり、今川、武田、徳川と支配者は変われどナントか死なず、天明の飢饉、富士山の宝永大噴火でもサバイブして東海道の宿場町で商売すれども明治維新で参勤交代が終わって商売が廃れ、日清、日露の戦いも生き延びて第二次世界大戦でも死なずにDNAが引き継がれたのでオジサンはココにいるのである。そう考えると「お互い良くサバイブしてきたな~」と称え会いたくなるものだ。
県が編纂した静岡大空襲の本の中に消防団に入っていた父親が書いた文章があったが、直ぐ近所の家にB29の爆弾が落ちて一家全滅したり、生々しい描写に中学生の読んだ記憶がまだ鮮明に覚えている。この父親も消防団で怪我をしなければ特攻隊員でDNAはオジサンに受け継がれなかったのだから危機一髪である。
その時、若き父達が「鬼畜米英」と叫んでいたアメリカに息子であるオジサンは暮らし、息子達はアメリカ人である。
オジサンのDNAの旅は、どのような遺伝子情報を得て行くのだろうか。


そういえばこの前、ロスのリトルトウキョウで大柄のアメリカ人が2人「鬼畜米英」と漢字で書いたTシャツを着ていた。「やめた方が良いよ」と言おうと思ったが、今の若者には「デーモン&ビースト アメリカ」と言う表現は、かえってクールなのかもしれないと思った。

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