毎日の「生存確認」のスパイス。
今週のラスベガスは、見事なまでの「ドヒマ」である。
中東情勢のあおりで航空燃料のサーチャージは跳ね上がるわ、世間は夏休みでこぞって家族旅行に出かけてしまうわで、カジノのフロアは閑古鳥が鳴いている。
おまけに世界中がサッカーワールドカップに熱狂しているのも、この静けさに拍車をかけているのだろう。
そんな誰もいない広大な空間を、私は仕事でせっせと歩き回っていた。
今日の戦場(職場)はMGMグランド。

ここにはシルク・ド・ソレイユの傑作『KÀ(カー)』のシアターがある。

ロビーに展示されている色鮮やかな衣装を眺めていると、3年前に客席で味わったあの圧倒的な感動が、昨日のことのように蘇ってくる。

シルクの舞台には意外なほど多くの日本人パフォーマーが貢献しているが、なかでもバトンタリングの高橋典子さんの、あの重力を忘れるような美しい演舞は今でも忘れられない。


…と、そんなノスタルジーに浸っていたカジノでの仕事の合間、私の携帯電話が鳴った。
画面にはロサンゼルスに住む奥さんの名前。
出た瞬間、セルラーから飛び込んできたのは、あまりに物騒な一言だった。
「ねえ知ってる? 旦那が『オイ、晩飯はまだか?』って聞いただけで、奥さんに包丁でブスッと刺されちゃったんだって!」
一瞬、耳を疑った。

映画のスクリーンの話かと思いきや、どうやら日本で実際に起きたニュースらしい。
実は私たち夫婦は、長年の単身赴任ということもあり、朝・昼・晩と1日に3回も電話をかけるのがお決まりのルーティンになっている。
お互い1人暮らしだから、目的は言わば「生存確認」だ。
ただ、さすがに毎日3回も定時連絡をしていると、だんだん話すネタが枯渇してくる。そのため、どちらかがびっくりするようなニュースを見つけると、生存確認のスパイスとして報告し合うのが常だった。

最近はもっぱら日本を騒がせている「熊の出没ニュース」が定番だったのだが、どうやら令和の日本において、本当に恐れるべき凶暴な存在は山の中だけでなく、リビングの台所にも潜んでいたらしい。
電話を切った後、あまりの衝撃に、カジノ内で一緒にセールスをしていた部下の女性社員にこの話を振ってみた。
「なぁ、『晩飯はまだか』と言っただけで刺されてしまう時代、一体夫はどう答えるのが正解なんだろう?」
すると彼女は、クスリと笑ってこう即答した。
「そんなの決まってるじゃない。『今夜の晩飯は、不肖この私が、喜んで作らせていただきます!』ってひれ伏すのよ」
なるほど、至言である。
実際、私の長男は晩飯を作る事が多いそうで、私もLAに帰った時は2人で作ってます。
そう言う時代なんですね〜。
ラスベガスのカジノでの売り上げはさっぱりだが、今夜の「第3回・生存確認」で妻に披露する最高のトークネタだけは、しっかり仕込むことができた。
さて、今夜の電話では、私も大げさなほどに下手(したて)に出てみることにしよう。我が身の安全と、夫婦の平和のために。