「自由の女神」の背中とコルレオーネ少年、そして私、
「ニューヨークの年次総会、プレゼンはどうだった?」
社員の問いに、私は親指を立てて即答した。「Of course, very good!」
40年の営業生活で叩き上げた、私の「呼吸するように場を盛り上げる」スキルは、ニューヨークの舞台でも健在だった。
英語のプレゼンも何のその。
英語の細かなミス? そんなものは、持ち前の愛嬌というスパイスで飲み込んでしまえばいい。
プレゼンとは、言葉を届ける以上に、熱量を届ける儀式なのだから。
しかし、拍手が止み、総会が終われば、やはり体にはずっしりと心地よい疲労が溜まっている。
飛行機までの数時間、私は喧騒を逃れてリバティー州立公園に降り立った。

そこからは、自由の女神の背中と、静かに佇むエリス島が見える。

海風に吹かれながらその景色を眺めていると、脳内にあの哀愁漂うトランペットの旋律が流れ出した。

映画『ゴッドファーザー PART II』の名曲である。

9歳のヴィトー・コルレオーネが、たった一人でエリス島の移民局に降り立つ、あの名シーンがよみがえる。

アメリカ人の5人に2人は、この島を通り抜けた先祖を持つという。
新天地を夢見た人々にとって、ここは**「希望の島(Island of Hope)」であり、夢破れた人々にとっては「嘆きの島(Island of Tears)」**でもあった。

何を隠そう、私もまた、この国に根を張った移民の一人だ。
強気な営業トークで駆け抜けてきた40年だったが、この海を前にすると、かつて大きな期待と一抹の不安を抱えてこの国に降り立った「初心」が、潮風と共に蘇ってくる。
自由の女神の背中を見つめながら、私は密かに願わずにはいられない。
この国がいつまでも、かつてのヴィトーや私のような挑戦者たちにとって、輝ける「希望の国」であり続けてほしい、と。