砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

丘の上の温かな涙

砂漠の徒然草

妻の3回目のキモ(抗がん剤治療)が終わり、ふらふらとドクターオフィスを出てきた。

おぼつかない足取りの妻の手を引く。



「これって恋人つなぎじゃなくて、介護つなぎって呼ぶのかな〜」なんて、どうでもいいことをつれづれと考えながら、二人でゆっくり家に帰った。


そのあと、私1人で薬局に薬をもらいに丘の上をドライブしていたときのこと。

ふと見ると、妻が仲良くしているKさんがご自宅のお庭に出ていらした。

車を止め、ご挨拶がてら声をかけてみる。



Kさんは一人暮らしの89歳の日本人のおばあさんだが、背筋がピンと伸びていてとにかくお元気だ。この日も愛犬と一緒に、楽しそうにお庭の手入れをされていた。


実は6月に妻の病気が分かって以来、バタバタとして全く連絡ができていなかったのだ。

以前は貰い物の果物や料理をお裾分けしに行ったり、お返しに庭の柿をいただいたり。独立記念日には「花火が見えるから」と息子たちを招待してくださったこともあった。



急に連絡が途絶えて心配されているかもしれないと思い、妻の病気のことを打ち明けた。

Kさんはとてもショックを受けながらも、心から妻の体を心配してくださった。


「私にできることがあったら、何でも言ってね」

そう言って送り出してくれたので、家に帰って妻に伝えると、「自分から電話してみる」とすぐに受話器をとった。

聞こえてくる妻の声は、なんだか久しぶりにすごく楽しそうだ。

長電話が終わったあと、「どうだった?」と聞くと、妻は嬉しそうに言った。 「Kさんがね、ポテトサラダとおこわを作ってくださるって! Kさんのポテトサラダ、絶品なのよ」


話の途中、Kさんは何度も声を詰まらせて涙を流してくださったそうだ。

病気との戦いと毎日の生活に追われ、私たち自身、涙を流すことすら忘れてしまっていた。

けれど、Kさんが届けてくれた温かな涙と励ましは、乾ききっていた妻の心をじんわりと潤してくれた。


どんな立派なメッセージよりも、誰かが一緒に流してくれる温かな涙こそが、何よりの薬なのかもしれない。


今週も周囲の優しい温もりに支えられながら、病気を乗り越えて行きたい。

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