砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

ちびまる子ちゃん電車

静岡の本屋に行ったが「さくら ももこさん ありがとう」キャンペーンで「ちびまる子ちゃん」関連の本がズラリと並んでいた。
ここまで静岡(清水)の名を全国的に広めたのは清水の次郎長以来かもしれない。


「ちびまる子ちゃん」は単行本の2巻が出た辺りからオジサンの奥さんの目に留まり全巻持っている。
むかし息子達と清水エスパルスドリーム プラザの「ちびまる子ちゃんランド」にも行ったこともある。


さくら ももこさんはオジサンより若いが、昭和の子供時代を思い出させてくれるこのマンガは面白いのと懐かしいのが混ざったものを感じた。
郷土が描かれているのも嬉しかった。


最近よく有名人が乳ガンで亡くなられる悲報に接する。



今回日本に帰省して、33年ぶりに昔の友人Fさんと奇跡的に連絡が取れた。
ずっと連絡を取りたくて探していたのだが、思いがけないことに10年前にオジサンの息子の家庭教師をして貰ったT君(当時はUSCの学生)の妹がFさんの息子さんと結婚していたのだ。
全然知らなかった。
実はFさんもオジサンを探していたらしいが、北海道とラスベガスの距離では容易では無い。


Fさんとは大学で共に学び遊んだ中で、学生寮も同じだった。
世の中、広いようで狭い物である。そんな繋がりで連絡だ取れるとはビックリした。


家庭教師だったT君も卒業してからロスで働いているので、F さんが「XXさんって知らないよね?」と偶然にも尋ねた所から不思議な糸が繋がって、なんと茨城に帰省していたオジサンの元に連絡が来たのだ。


Fさんと久し振りに電話で話した。お互い60歳である。
昔話に花が咲いた。もうすぐ孫が生まれお爺さんになるらしい。
しかしながら、奥様が乳ガンのステージ 3で来週には手術があると言う。


少し言葉に詰まった。


樹木希林さんの乳ガンでの訃報をニュースで毎日やっていた頃だ。


昔の記憶が蘇って来た。
20年前にオジサンの奥様も乳ガンのステージ2で手術をしてるのだ。


生存率が50パーセントと聞いて途方にくれた。
当時、まだ息子が8歳と2歳である。


家庭の危機的状況であったが、何しろ病院とか手術の手続とか、なれない英語で追いながらアタフタと駆けずり回た。
やっと手術まで漕ぎ着け、手術室に入る奥さんを2人の息子と見送った。


当時を振り返ると、その待合室で息子を抱えながらただ呆然としている自分の姿が思い浮かぶ。


人間は自分の許容量を超えた状況に陥ると時間が止まった感覚になるようだ。


お医者さんと看護婦に恵まれて手術は成功し、手術から20年経った今も奥様は何とか元気にしている。


しかし、知人で乳ガンと言う話が出るとフラッシュ バックの様に、あの待合室で小さい息子達と手術が終わるのを待っていた自分の姿が思い出されてしまう。


オジサンも病気で死にかかった事があるので、お互い健康には注意して日々を送っているが、夫婦で健康である事の大切さを改めて感じる。


Fさんの奥様も手術を成功して何とか元気になっていただく事を祈るばかりである。
役に立つかは分からないが、多少オジサン達の経験なども話す事が出来た。


さくら ももこさんは残念ながら亡くなられてしまわれたが、彼女の作品は多くの人に愛され、これからも静岡(清水)の町に残ってゆくだろう。


今も新静岡と清水駅の間をちびまる子ちゃん電車が走っています。

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