砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

いざとなったら尿療法

早いもので、もう9月。
ベガスはまだまだ暑いが、それでも朝方は涼しく心地よい。
あのギラギラしたベガスの夏は終わりのようだ。


この1週間は何かと忙しかった。
仕事から帰って何かをしようとしてもカラダがついて行かずバタンQだった。


ここまで体力が落ちると何とかしなければならない。
朝のプロセッシングの作業中に73歳の先輩に「オイ、顔色悪いぞ:死にぞこないみたいだ。大丈夫か?」と聞かれる始末。


今日、土曜日は早目に仕事を切り上げてユックリ半身浴をした。


BGMとして ヨーヨーマが演奏するバッハの無伴奏チェロ組曲を聴きながら体力低下の原因を振り返ってみた。


実はオジサンは2度ほど病気で死に掛かっている。


1回目は日本で学生やっている時だったが、原因不明の熱病で隔離病棟に入れられた事がある。27歳の時だ。


2回目はアメリカで33歳の時に吐血して倒れた。
仕事上の無理が祟ったのだろう、緊急病院に担ぎこまれたが、入院して調べないと分からないという。
出張先だったので、こんな所で入院したらたまらないと思い、自宅の近くの病院に行くからと言って出してもらった。
その時、奥さんは妊娠していたので遠くの病院では通えないと思ったからだ。


どうやら胃から出血していることがわかった。
胃癌か胃潰瘍だろう。
さてどうしたものかと考えた。
アメリカで入院したらとんでも無い金額になるのだ。


出血を止める為に3日ほど断食をしながらアレコレ考えた結果「思い切って尿療法」で治すことにした。
当時静かなブームだったので、その手の本が何冊か手に入った。


民間療法は信じ無いと効果は出ない。
オジサンの場合は他に手だてが無いので”藁をもすがる思いで尿にすがった”訳だ。


やり始めると時間は掛かったがジワリジワリと回復した。
始めの1カ月は10分も起き上がれない廃人28号になってしまったが、3か月ぐらいするとだいぶ歩けるようになり、長男の出産には何とか立合う事が出来た。


看護婦は出産する奥様よりオジサンの方が顔が青くて大変そうだとたいそう心配してくれた。
奥様は妊娠中に夫(オジサンのコトネ)が血を吐いて倒れ、寝たきり廃人を介護しながら長男を生んだので、オジサンもチョット頭が上がらない訳です。


尿療法の素晴らしい所は、何と言ってもお金がかからない事である。


黒酢だろうがサプリであろうがお金が掛かるが、尿はまさに自らプロデュースするものなので究極のエコである。
神様はこんな方法で貧乏人にも自己治癒の救いの方法を与えてくれていたのだ。


当時、学生の寮長もしていたが、死に掛けているオジサンが尿だけで半死人から復活したのを目の当たりにして、ショックを受けて尿療法を始める者もいた。


あのノルウェーの男子や可愛いアメリカの女学生はまだ続けているのだろうか。


オジサンはいま食品会社に勤めているので辞めてしまったが、「いざとなったら尿療法がある」と思っている。


残念ながらいまだ内臓全般弱いのだが、事故にあった中古車は労わりながら運転しなければならないように、オジサンも下取りも出来ないこのカラダを労わりながら生きて行かなければならんようだ。


そんな事を振り返りながら半身浴に浸る、土曜の午後でした。


事故に合ったり、病気になったり、はたまた災難にあったりとなかなか平穏無事に生きれない世の中ですが、生きる努力をあきらめなければ道はあるのかもしれませんね。



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