砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

ねぶた祭りの夏 その1

MSNのフォトでねぶた祭りが目に入った。
今年の祭りも大盛況の内に幕を閉じたようだ。


実はオジサンは「ねぶた祭り」と聞くと古い昔の記憶の扉が開く。


21歳の頃だったから約40年前の話だが、大学のサークルで「ねぶた祭り」を見に行く事になった。
金が無い時代だったのでレンタカーを借りて行ったのだが、人数が多いほうが一人の負担が少なくなると言う事で他の大学(東大2人と早大1人、専大1)の友人にも声をかけた。


人数が8人になったのでニッポン レンタカーのバンを借りて東北の地を目指した。
しかし到着したのが何故か既に祭りの終わった後で、町は祭りのかたずけモードに入り散乱したゴミだけが印象に残った。


要は思い付きで「ねぶた祭」を見に行こうという計画性の無さと、ドライバーを務めた早大の小川君の方向音痴が招いた悲劇であった。
当時はGPSも無く、グーグルマップも無い時代なので、道に迷ったとしても、まあしょうが無かったかもしれない。


東大生も宗教学とフランス文学という浮世離れした人達だったので怒る訳でもなく、かえって「世の諸行無常」を楽しんでいるかの様に見えた。


友人の一人が「五所川原のねぶた祭」なら間に合うかもしれないと根拠のない事を言い出した。
インターネットの無い時代である。
「ラーメン屋のおばちゃんから聞いた」という極めて不確実な情報で行動するのが学生の若さと浅はかさである。


帰りがてらに寄ってみようと言う事になり、五所川原市に車を向けたが渋滞で町の中まで入れない。
結局、田んぼ沿いにバンを止めて遠くで祭りの盛況と花火を眺めただけであった。
「遠くで見る祭りも物の憐れを感じていいね~」とうそぶく奴もいた。


そもそも東京の暑い夏を耐えるより、東北にでも旅をしようと思った時に、たまたま「ねぶた祭」があっただけなので祭りを見れなくてもさほどの残念さは無かった。


当時、国鉄が使った山口百恵の「いい日旅立ち」のメロディーにたぶらかされたのかもしれない。
さて、ここまではどうでも良い話なのだか、実は東京に帰る道で事件(事故)は起こった。


悲劇と言うか喜劇と言うかは意見は分かれるが、「九死に一生を得る」アンビリーバボーな事故であった。
....今日はオジサン引っ越し中なのでココまでにします。


続きの話は次回にさせて頂きま~す。

夏風邪

風邪をひいてしまった。


「夏風邪をひくのは何とやらと言われたが」今は場所により冷房がガンガン効いているので夏風邪も多いらしい。
特にここラスベガスは外は華氏104度(摂氏40度)だが、会社でもホテルでも冷房がガンガン効いているので、体調を崩しやすい。


ましてや魚屋だから朝は冷蔵庫の中での作業だ。


今日も何とか仕事は終えたので卵酒を飲んで早めに寝るとしよう。


夏休みのバイトで次男が手伝いに来ているので、食事を作る手伝いをしてくれて助かっている。


今日はラスベガス ストリートを走りながら撮った写真を乗せてブログは終わりとする。

New York New Yowk 


LUXOR

時代の流れ

今日は日本に帰省するためのAir plain tiketを買った。


二か月後なのでまだまだ余裕と思っていたが値段かドンドン上がっている。
特に人気のある飛行機会社がイッパイになっているようである。


ここ数回はANAで帰るようにしていたが、今回はユナイテッドになってしまった。


「火曜日出発が一番安いですよ」と言われたが、息子に行きと帰りの空港ピックアップを頼めるので土曜日か日曜日の出発が都合が良い。
一度タクシーで空港まで行ったが100ドルだった、しかし息子なら小遣いぐらいですむ。


10月の日本行きがこんなに混むとは知らなんだ。何かイベントがあるのだろうか。


今回ビックリしたのはチケットを販売していた旅行代理店の広告が情報誌から随分と減っている事である。
以前は所狭しと各社入乱れて広告を出していたが、今回は探すのにも時間が掛かった。


やはりインターネットで飛行機チケットもホテルも自分で取れる時代になってしまっからだろうか。
かく申すオジサンも旅行会社は参考にすれども直接ANAのウエッブに入ってチケットを購入した。
ホテルもこちらからウエッブで探して予約している。
便利な時代になったもんだ。


先回書いたようにアパート探しもウエッブで探せるし、物を買うにもアマゾンを使う機会が増えている。
チケット販売を生業としていた旅行代理店や小売業が生き残って行く道が険しい事を痛感する。


最近、弊社のニューヨークの支店では日本鮮魚をネット注文するプロジェクトを軌道に乗せているが、これが時代の流れなのかもしれない。


物流革命は我が社の門口まで来ているようですな。