砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

ネットでの買い物

最近はオジサンもAmazonでのショッピングを良くするようになった。
時間をかけたショッピングは好きではないので、ネットで必要な商品を探せるのは大変便利だ。


先週LAに帰った時も窓のブラインド カーテンを強く引っ張りすぎてプラインドの結合部分を壊してしまった。
1年前に新品に変えたばかりなので奥様に怒られた。
早急に直さなければならない。
たまに帰ってきて何かを壊したままでは父として夫としての立場が危うくなる。


ネットで調べると、ブラインド自体を変えなくても壊れた部分を補強する部品があると言う。
Blind repare crip という物だ。
こんな便利な物があるとは知らなんだ、目からウロコである。


 


早速取り寄せて修復した。
Repare Cripが少し余ったので、前から壊れていたキッチンと子供部屋のブラインドも修理した。
いままでは割れた部分をセロテープで貼ってショボく補強していたのだ。


家中のブラインドを全て直してから、
息子達に「お父さんは1つの失敗を、3倍にして取り返す男だよ。」と決めセリフを語ったが「オ~」と気の無い返事しか返ってこなかった。
しかし、まあ父権と夫権は何とか守られたようだ。


ついでに近所のお金持ちのおばあさん(日本人)から貰った高級そうなスタンドランプの電球もAmazonで買った。
近くにあるハード ウエア ショップで探したが売ってなかった。
それがネットでは簡単に見つかるのである。


何を買うかがハッキリしていたらネット ショッピングは実に便利だ。


しかし、あまり色々な物に手を出すと痛い目にも会う。


アマゾンもミュージックとかリーデングがあり最初の三ヶ月はフリーという甘い言葉につられて何の気無しに入っていたようだ。


3か月が過ぎ請求が始まってから気づくのだ。
音楽にしても読書にしてもそんなには聞かないし、読まないのだから初めから断っていれば良いはずだった。
しかし、フリーと言われると「まあ3か月後に解約すればいいや」という怪しいささやきに乗ってしまったようだ。


「タダほど高い物は無い」とはよく言ったものである。


アップル ミュージックも無料お試し期間にサインナップしていたようで請求が始まって一ヶ月後に気づいたがキャンセルはスグにはきかないようだ。
元を取ろうと色々ダウンロードしているが最近の曲はよくわからない。
岩崎宏美や美空ひばり、そしてアニソンと昔の曲ばかりダウンロードしている。


少々ネット商法の魔力に負けてしまったような感じがした。
「三ヶ月したら解約すればいいや」などと三か月後の自分を過信してはいけませんね。


このAmazonのロゴがせせら笑っていると感じるのはオジサンだけであろうか。


それとも「儲かってたまらね~ぜ」と笑っているのであろうか。





天国寿司

先週末は月曜日がメモリアルデイの休みだったのでLAに車で帰った。


次男の誕生日でもあったので、マグロの中落ちで手巻き寿司を計画した。
さすがにマグロは飛行機だと手荷物検査に引っかかるだろうと思い老骨に鞭打ってドライブした。


仕事柄、いろんなマグロを食べるが、メバチマグロの骨に付いている赤身をスプーンで取った赤身の落ちが一番美味しいかもしれない。

日本から持ってきたパリパリの海苔に、ほど良く寿司飯とマグロを乗せて食べると、コリャまた美味しい。


美味しい食事の時はあまり会話が出てこない。食べるのに夢中で手と口だけが慌ただしく動くのである。
最後に静岡茶を飲んで「あ~満足」と言うわけだ。


家族がむさぼるように食べる姿を見ながら,学生時代にサークルの食事の時の余興で、たまにやっていた「天国寿司」を思い出した。


形態は同じである。寿司飯、海苔、寿司タネとあるが,タネと言ってもカニカマや野菜でマグロのような高級な物は無かった。
これで手巻きを作るのだが、自分が食べるのではなく他者にあげるのである。


これは仏教の「天国と地獄の長い箸」の説法から来ている。


地獄は長い箸なので御馳走を食べようとしても口に入らず皆痩せているが、天国はその長い箸で御馳走を他の人に食べさせてあげるのでみんな肥えている。
要は「為に生きなさい」と言う話だ。

天国と地獄の長いはし - 蓮行寺


この説法の実践と言う事で、自分の為の手巻きではなく、誰かの為の手巻きを作ってあげるのが「天国寿司」だ。
オジサンも先輩の立場だったので色んな人が手巻きを作って持ってくるのだが、奇麗に作って来る女子もいれば、「お前、手を洗ってから作ったんだろうな!」と思う様な食べるに躊躇する手巻き寿司を持ってくる奴もいる。


そのうち「日頃の感謝です」と笑顔を浮かべながらワサビがたっぷり入った爆弾を持ってくる奴も2,3人いた。
基本的に断らないルールだったので「天国寿司」は最終的に修羅場を迎え「地獄寿司」となる。
人は罪深いものである。


そんな思い出を息子達に話して「我が家でもやってみようか?」と話を持ち掛けたが、無下も無く断られた。


やはり手巻きは好きな物を、好きなだけ適度に食べるのが宜しいようです。



名は体を表すⅡ

旧約聖書、創世記の2章19節に
『神である主は土からあらゆる野の獣と、あらゆる空の鳥を形造り、それにどんな名を彼がつけるか見るために、人のところに連れて来られた。人が生き物につける名はみな、それがその名となった。』
と書かれてあるが、動植物の名付け親は確かに人間である。
その名前を聞くと、そのイメージが頭に浮かんでくる。


熊と蜘蛛や虎と鳥は読み名が1字違うだけでも、全く違う姿をイメージする。
特に表語文字である漢字は一発でその存在のイメージが浮かぶ。


アルファベットは表音文字なので曖昧なところがあるが、漢字はまさに「名は体を表す」そのものである。


人の名前になると
欧米人の名前もそれぞれ意味があるが、聖書に出てくる名前を使う人が多い。
ラテン系になると、同じく聖書に出てくる名前で「ヘスス」と言う名前が意外と多い。
ヘススは「Jesus」と書く、イエスともイエズスと読むし、英語読みは「ジーザス」だ。
そうですイエス キリストの名前を貰っているのです。
キリストの名を使うとは、その大胆さは恐るべし。


日本人で子供に「シッタルタ」「ブッタ」とか「釈迦」という宗教の創始者の名前を付ける人はほとんどいない。
欧米でも御恐れ多いと思うのか「イエス」の名前を付けている人はあまり聞いたことが無い、ラテン系とのカルチャーの違いだろうか。
そういえばイスラム圏の人も「マホメット」の名前を子供によく使っているな。


日本人の感覚として、恐れ多いのと、あんまりすごい名前にすると名前負けしてしまう感覚があるのかもしれない。


オジサンはアメリカは最初ニューヨークのコロンビア大学の近くに住んでいた。
そこで友達になった黒人の名前が「メサイア(メシア)」だったのには驚いた。
なかなか悪いやつで親からもかなり怒られたようだが、怒るのにも名前のイメージが強すぎて力が入らないし躊躇する名前だ。


むかし子供に「悪魔」と名付けたバカ親がいたが、子供の将来を考えたのだろうか。


光流(ピカリン)、苺愛(ベリーア)とかのキラキラネームも若いうちはまだしも、婆さんになってからはイメージしにくい名前だと思う。
やはり、名前は祝福を込め、一生使える物が良い。

https://curazy.com/archives/1938



人の名前のイメージは自分の周りにいる2~3人によって作られる。


オジサンの奥様が言うには
「ケイコは頭の良い人が多く、ナオコは頑張り屋が多い、そしてミチコは夫に苦労する人が多い」そうである........。
あくまで本人の感想であるが、皆さんの周りではどうでしょうか?
実はオジサンの奥さんの名前もこの中にあります...........。


オジサンの60年の経験からはナオコは確かに頑張り屋ではあるが「自分を中心に世界が回っている」と思っている人が多かった気がする。
ケイコは確かに成績上位者の中に多かったな~。


あくまで本人の感想ではあるが、皆さんの周りはどうでしょうか。


オジサンも早く孫の名前を付けるのに頭を捻らしてみたいものである。
子供が結婚するのが先であるが(いつになるやら)、やはり尊敬する人とか、良いイメージを持っている名前を参考にするのが正道であろうか。