砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

橋の下で拾われた私

昨日は朝3時から夕方6時まで仕事していたので、今日は早めに帰って来て先程まで寝ていた。「働き方改革」が必要に思う。ともあれ元気で仕事が出来る事は感謝ではあるが、歳なので仕事の効率化は重要だ。


さて、先回までDNAの旅についてブログしていたが小学生の時、自らのDNA(出生)に不安を持った事がある。
それは兄の「お前は橋(出の橋)の下から拾われてきたのかも知れない」という一言からら始まる。
オジサンは3人兄弟の真ん中でそれぞれ3歳づつ離れているのだが、「三男の弟の生まれた時は思えているが、オマエの時は覚えていない」と言うのである。
今考えれば兄も、その時3歳なんだから覚えている訳ないのだが、『そうかもしれない!』と思った。オジサンは兄と弟と顔の作りが違うのである。
父と兄、弟はインド、ヨーロッパ語族的なタイプ顔の凹凸があり、眉が濃く、肌も浅黒く、目もギョロっとしている。対してオジサンは色白で、目が細小さく、すね毛も無く、眉毛は申し訳ないぐらいだ。.....似てないのである。
オジサンの誕生日が1月23日であることも気になった。123と極めて気が抜いた数字の配列に「適当につけたのでは?」と疑惑は深まった。
学校の友達に相談すると「え! 橋の下?....と言う事は川から流れて来たんか。桃太郎みたいでスゲーな。」と思いがけないぐらいポジティブな返答にショックを受けた。
「そうか~!桃太郎みたいか~、そういえばモーゼも川から拾われたな~」とオジサンは変にいたく納得した。


貴種流離譚と言うヤツで、本当は高貴な血筋(DNA)なのに庶民に拾われて育つというわけだ。
確かに兄や弟に比べると色白も、目が小さいのも、体毛も少ないのも公家さんポイかもしれない、高貴なDNAが入っているかもしれないと思えた。


しかし時が経ち、大きくなるとその疑惑と幻想は晴れた。父、兄弟に似てなかったが、祖父に似ている事が分かったからである。メンデルの法則の劣性遺伝と言うヤツだ。
大人になって、少し太ると頬が膨らむという我が家のDNA的特徴も気づいた。兄も弟もその傾向があり、不二家のペコちゃんポコちゃんみたいになってしまうのだ。


また、オジサンの息子2人もオジサンには似ないが、兄、弟(叔父達)に似た立派な眉毛を持ち、浅黒く、猿人類的なすね毛も持っている。太ると頬が膨れるDNAも持っているようだ........恐るべしDNA。
さて近年、オジサンが拾われたと噂された橋の絵が見つかった。東海道五十三次の駿府、府中の立場本陣があった村で、参勤交代の大名行列が休憩する所が立場であるが、稲葉屋さんがここで桶寿司をふるまい名物になったそうである。

オジサンの家はと言うと、この稲葉屋さんでは無く、多分端にチョコっと見える屋根の家かもしれない。この橋がオジサンが拾われたと言う伝承がある「出の橋」である。

古代イスラエルのDNA?

あすは朝早いので手短に終わらせようと思う。
先回、DNAから見た日本人のルーツについて書いたが、この手の内容を検索すると色々面白いYouTubeやブログが多い。イスラエルの失われた10部族の末裔とか、シュメール人だったとか、中国の古代王朝殷(商)の末裔とか興味深い、中には「エリアンのDNAが日本人に入っている」なんて言うのもあった(笑)。
日本の文化の中に古代イスラエルの片鱗がある事は色々な機会で見聞きした。歴史ロマンミステリーとして面白いが、タイムトラベラーにならなければ確認のしようがない。
自分たちの先祖が『神の民(選民)』と繋がりたいという気持ちは理解できる。



実際、シルクロード沿いにはアッシリアに国を追われたイスラエル10部族の末裔の痕跡はあるようで、その中の一部族「マナセ族」の末裔がミャンマーに住む「シルシン族」である事がDNA鑑定で分かり、2003年にイスラエルに800人移住している。


『日本書紀』にも出てくる帰化人の弓月国(キルギスタン,カザカスタン)の秦氏が天皇に仕えたとあるが、彼らも10部族の末裔ではないかという諸説もあるようで、そのほかペルシャ人など色々な渡来人が政権を支える知識人として日本に帰化したことは事実だろう。その中に国を失ったイスラエルの末裔がいても不思議ではない。
この手の内容は検索すればイッパイ出て来るので深入りはしない。


少なくともオジサンの家系にはイスラエルのDNAは入っていない感じがする。
まず顔が中東系ではない。
オジサンは目が小さく細いので、高校の先生から「授業中寝るな!目が開いているのか分からない!」と眠っていると勘違いされて怒られた事が多くある。
兄からは『謎のチャイニーズ』とあだ名を付けられていたぐらい北方アジア系の顔だ。


多分オジサンのDNAの中にはシルクロードのゴビ砂漠を渡ってきた先祖がいたのだと思う。砂漠で砂塵などのゴミが目に入らないよう、ずーと目を細めていた経験が遺伝子情報としてDNAに入ってしまったかもしれない。
ちなみに村の煎餅屋の次男は『デカン高原の嵐、インド君』と呼ばれていた。日本人離れした肌の色と、カールした髪の毛はインドからの渡来帰化人のDNAが入っていたに違いない。そう思うと随分国際的な村だったかもしれない。
ちなみにオジサンの父はネルソン、マンデラ似だったのでアフリカのミトコンドリア イブのDNAに近い縄文人的日本人だったのではなかろうか。


再登場!

DNAの旅

DNAは簡単に言えば、私達(生物)の体を作る設計図です。さらにDNAには書籍3万冊以上に匹敵する膨大な遺伝情報が書き込まれている。この遺伝情報で親の生物的特徴を子供に伝えて行くわけです。
今やこの遺伝子情報をコンピューターで解読出来ると言うのだからスゴイ、病気の原因を解明し、治療情報を見つけて行く事が出来きるそうです。
機会があればオジサンのDNAも解読してもらいたい気もするが、まあ60歳まで生きてこれたのだから今更細かい事を知っても意味がない。



現存する人類の母系の家系をたどってゆくと、たった一人のアフリカにいた女性に辿り着くそうです。
母親から子供に受け継がれてゆくミトコンドリアDNAを辿って行きついた人類共通女性先祖を科学世界では「ミトコンドリア.イブ」と呼ぶそうです。


面白い事に男性のみに遺伝してゆくY染色体をたどってゆくと「Y染色体アダム」が発見されるかもしれない。
バイブルにあるように私達は人類の共通先祖アダムとイブから生まれた兄弟姉妹と言う事だ。「One Family under God」と叫ぼう。


12-20万年前に生きたイブから現在のオジサンたちまでDNAの旅は続くのですが、その過程で様々な遺伝情報が書き込まれたわけですな。
厳しい自然環境、悪い社会環境の中でサバイブしてきたのだから良い遺伝子情報もあれば、負の遺伝子情報もあったわけです。
この負の遺伝子情報が人類のマイナス面を作ってきたのでして、平和と安定を求める生存的欲望とは裏腹に、人類史は闘争と対立による血塗られたものになってしまった。
そうした闘争史の中で多くの人々がバッタバッタと死んで行った中で、今生きている人達はサバイブしてきたのだから、強い生命力と運のDNAを持っている者なのかもしれないない。


シェアハウスで一緒にいるミスターSも、見れば初老のアメリカ人だか元を正せば、ミトコンドリア.イブの子孫が北を目指しヨーロッパの方に移住してインド.ヨーロッパ語族のゲルマン人としてスカンジナビア地帯に細々と生き、やがてフン族に追われ、嫌われながらもローマ帝国内に大移動して、今のフランスの地に居付いて、中世暗黒時代を暗く生き延び、百年戦争でも生き延び、ペストでもナカナカ死なず、フランス革命、ナポレオン戦争で仲間や家族を失いながらも生きて、新天地を求めアメリカに移住してみたが、モルモン教に入って迫害を受け、追われ追われてユタ州に辿り着き、第一次、第二次世界大戦でもシブトク死なず、今ベガスに父親の戦った日本人のオジサンと同じ屋根の下で単身赴任している。
これも貴重な強い生命力と運のDNAがここに生きていると思うのです。


オジサンのDNA(遺伝子情報)と言えばアダムとイブの地を離れ、日いずる地を求めユーラシア大陸を東に放浪し、今の日本の地で縄文式土器で魚介類を食べ、弥生式に生活デザインを変えていたら大和朝廷の支配下になり、平安の大飢饉にも生き延びて、源平の合戦にも死なず、鎌倉、室町時代も生き延びて、気候が良いからと駿河の地に住んでみれば戦国時代が始まり、今川、武田、徳川と支配者は変われどナントか死なず、天明の飢饉、富士山の宝永大噴火でもサバイブして東海道の宿場町で商売すれども明治維新で参勤交代が終わって商売が廃れ、日清、日露の戦いも生き延びて第二次世界大戦でも死なずにDNAが引き継がれたのでオジサンはココにいるのである。そう考えると「お互い良くサバイブしてきたな~」と称え会いたくなるものだ。
県が編纂した静岡大空襲の本の中に消防団に入っていた父親が書いた文章があったが、直ぐ近所の家にB29の爆弾が落ちて一家全滅したり、生々しい描写に中学生の読んだ記憶がまだ鮮明に覚えている。この父親も消防団で怪我をしなければ特攻隊員でDNAはオジサンに受け継がれなかったのだから危機一髪である。
その時、若き父達が「鬼畜米英」と叫んでいたアメリカに息子であるオジサンは暮らし、息子達はアメリカ人である。
オジサンのDNAの旅は、どのような遺伝子情報を得て行くのだろうか。


そういえばこの前、ロスのリトルトウキョウで大柄のアメリカ人が2人「鬼畜米英」と漢字で書いたTシャツを着ていた。「やめた方が良いよ」と言おうと思ったが、今の若者には「デーモン&ビースト アメリカ」と言う表現は、かえってクールなのかもしれないと思った。