砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

俳句を習おうかな。

今日は朝からどんよりとした天気だったが、10時を過ぎたころから晴れ間がのぞき、春らしい天気になった。オジサンの仕事は朝4時から始まるので10時前にいったん休憩を取る。休憩と言っても何処かに行くわけでは無く、愛車の座席を倒して体を休める程度だ。
外はまだ肌寒いが、春の日を受けて車の中はひなたぼっこ的温度だ。いつの間にか、うたた寝をして風の音に目を覚ますと、青い空に雲たちが急ぐように東に移動していた。
雲の動きを見ているのは飽きないものです。「身体の健康のため深呼吸をしなさいと」ドクターに言われているが、心の健康のためには木々の緑、キレイな青空を見るのも大切だと思う。


「忙しい」という字が心を亡ぼすと書くように、時間や仕事に追われていると青い空を見上げるのを忘れてしまう。
流れる雲を見ていると、昔、裏の田んぼに生えていたレンゲ草の上に、寝っ転がりながら雲を見ていた頃を思い出す。あの頃の青空はもっと広かったように思う。
ボーと見つめながら短歌を一つ。


『 春風に 吹かれて急ぐ 雲のはて 故郷の空は 如何にあるらん。 』


最近、俳句、短歌を習おうかと思っている。
基本 一から始めなければならないレベルで、時間も無いのでネットでNHKの俳句講座でも見ようと思っている。
母が元気だった頃、60の手習いで俳句を始めていた。
それまで農家の主婦として一生懸命働き、3人の息子を育て上げ、孫にも恵まれ、落ち着いて趣味の世界に時間を持てるようになったのだろう。
新聞に掲載されるほど上手になって、兄嫁が一冊の本にまとめた。
その時オジサンは仕事が忙しくてじっくり読むことは無かったが、息子達を思う歌,亡夫を想う歌などが印象的であった。
心に映ったものを5,7,5の言葉の中に表現する俳句の世界は面白い。
昔、習った有名な俳諧は、その歌い手の世界が一瞬にして心に響いてくる。
なによりもオジサンにとって良いのは、お金と時間が掛からない。
油彩もやっているが、ある程度時間とお金が無いと難しい。エッセイを書いたりするのも纏まった時間を必要とする。しかし、短歌や俳句はロスに帰る運転中にも出来る。


早速、母が歌った俳句集を探そうと思うが、はてさてベガスにあるかロスに置いたか、この週末に捜査しようと思う。


春の空は気持ちよいから、時たま心の浄化のため空を見上げてみましょうか。
下を見ていても、お金が落ちている事はあまりないようです。

県民性のDNA

県民性と言うものがある、江戸時代の幕藩体制によって地域特有の文化、気質を作り出して来た。地域ごとに特産やお国自慢があるのは日本を旅する醍醐味でもある。
オジサンの故郷の静岡の県民性のブログを読んでいたら面白い記事があった。
東西に長い静岡県。伊豆、駿河、遠江(遠州)の3つの国から成った県で、三者三様の県民性がある。また、日本の東西の分岐点でもあるので、電気の周波数から、食文化まで静岡県内でもきっぱりと分かれるのが特徴。西日本、東日本どちらの性質も受け入れられる柔軟性を持ち合わせている。 また、いざ食えなくなったら、中部の駿河は優柔不断で、とりあえず人に乞うてしのぐ「駿河の物乞い」、西部の遠江は気性が荒く経済感覚がシビアなので「遠州泥棒」、東部の伊豆は何もできない「伊豆の餓死」と、性格を揶揄された。全県的にはマイペースで、イライラさせられることも多い。



へ~「伊豆の餓死、駿河の物乞い、遠州泥棒」は初めて聞いた。
オジサンは「駿河の物乞い」と言う事になる。
人が良いが、「やめまいか(やめませんか?)」と面倒なことを 嫌がる。
よく仕事する。ただし出世をめざす野心家ではなく、骨の折れる事は苦手なタイプが多いので、ここぞというときの頑張りに欠けていて、途中で転職することもある。
細かいことはこだわらないので、あまり考えずに付き合えばいい

男性はのんびりしており協調性があり、誰からも好感をもたれるが、自己主張がなく優柔不断な所がある。
女性は生活は堅実だが、男性がのんびりしているだけに活動的。性格もさっぱりしていて, どちらかというと男性的。じっと耐えるタイプではないし,腹に貯める タイプでもないから,好き嫌いもはっきりしている。情熱的で明るいミーハーな人 が多い。

ウ~ン当たっているかもしれない。オジサンが中学校の時、親が村の役員だったので「今年の秋祭りをどうするか」と言う村会議をしたが「面倒だから、やめようと言う結論になった」と母が言ったのを今でも覚えている。実に”のほほ~んと”した気質なのだ。

サッカーも野球も全国大会で決勝まではよく行くのだが、優勝できない2位止まりがオジサンの学生時代は多かったような気がする。(今は知らないのでゴメンナサイ)


こうした駿河っ子のDNAは半分オジサンの息子達に入っている。小学生の時期から、何かまずい事が起きても「まあ、いいか~」という癖があった。多分オジサンに似たのだろう。よく言えば「小事を気にせず、流れる雲の如し」というわけだが、奥様のイライラの原因になっている。

奥様は茨城県産だ。「イバラギ」じゃなくて「イバラキ」ですよ!

「怒りっぽい、忘れっぽい、飽きっぽい」が茨城の3ポイと言われるそうで、確かにそうかもしれない。南部はまだ明るく協調性があるが、北部は男勝りで荒っぽいそうだ。

奥様は北部出身である...........。

女性でも自分の事を「オレ」と呼ぶ。方言もかなりきついので義父と話していても方言がきつくて、英語より理解が出来なかった。

何故、会話の最後に「~ぺぇ」が付くのであろうか⁉

失礼な事に三大ブスの産地と言われるが、オジサンの奥様はそれなりに美人である.........。


関ヶ原の戦いの後、佐竹義宣が水戸から秋田に転封(領地替え)させられることになり、腹いせに水戸にいた美人を全部、秋田に連れて行ってしまったのが原因と言われる。

多分奥様の先祖は納屋か畑に隠れていたに違いない........と思う。


茨城県人の特性の一つに「電車の中で物を食べてもヘッチャラ」とあった。

結婚当初(30年以上前)に水戸から出ている水郡線に乗ると女子高生達が電車の床にドカとアグラをかいて輪になってお菓子やら芋やオニギリを食べている姿を見て気を失うぐらい驚いた。

キツネかタヌキが化けているかと思ったぐらいで、花も恥じらうはずの女子高生の姿にオジサンの方が恥ずかしくなったぐらいだ。

奥さんは19歳で茨城を出て髙島屋のようかんの虎屋(宮内庁御用達)さんで修行を受けていたので、北茨城っぽさがかなり抜けていたのかもしれない。


最近も帰省して水郡線に乗ったが、当時とは打って変わって女性らしい立ち振る舞いをされる女学生達を見て水戸っ子のDNAに大きな変化があった事を肌身で感じる事が出来た。

ブスと言うより、話し方、立ち振る舞い、おしゃれ(化粧)の仕方が変われば、誰でも美人になれるのではないかと思うのです。

どんなに美人でも性格が暗くてブスとしているとブスになりますよね。少し残念な顔立ちでもニコニコ笑顔だと綺麗に見える。

女性が一番美しく見えるのは笑顔ですよね。まあ、奥様を笑顔にするように働かなければならないオジサンだが「今日は、まあ、いいか~。」






荒野の夕暮れ

久しぶりに帰ったロスは雨だった。昼過ぎには止み終えて、町にあった埃を洗い流したように見えた。奥様と教会から家路につく丘の上で、ロスのDOWN TOWNが奇麗に見えたので写真を撮った。

「カリフォルニアの青い空」と言われれようにロスは雨が降る事が少なく、何となく埃っぽい。前にいた会社がDOWN TOWNにあったが、黒い車を1日駐車していると、かなり埃が溜まる。道路も埃と車から漏れた油が表面を覆っているので、雨が降るとスリップしやすくなるぐらいだ。その点ラスベガスは工場がほとんどないので空気は奇麗である。


雨は好きでは無いが、塵、埃を洗い流して浄化してくれるなら有難いものである。


3時にはロスを出てベガスに向かった。少し早い出発だったが、2人の息子が試験がある様なので父親なりの気遣いである。
2人ともオジサンがいると、何だかんだ話が長くなってしまうので早めに退散した。
殆どがトランプ大統領の政策の話が多い、善きに悪しきに非常に話題性の高い大統領だ。
最近は銃規制、ドラックの合法制度、不法移民政策、北朝鮮問題、TPPなどかな。
若者が政治に関心を持つ事は良い事だ。自分達がこの国を動かしてゆくという気概を感じる。
オジサンの若い頃は、日本では学生運動の影響なのか政治の話は、いぶかしがる風潮があったが、アメリカでは政治に興味がないと言うと現実逃避タイプの人間に思われる。
だから、ロスに帰って息子達と話す前に、ある程度最近のニュースを読んでおかないといけないし、それなりの意見、主張を持っておく必要がある。「オ~、お父さんと話すとためになるな~」と息子達に思ってもらいたいではないか⁉ 父親の威信を維持するのも大変な事である。最近DNAの話に凝っているのも、それなりの知識と情報を仕入れる一環でもある。
ロスとベガスの中間地点であるバーストを過ぎると曇り空から晴れ間が出て来た。すでに5時を回っていたので夕暮れ時だ。
人影少ないレスト エリアで車を止めて、荒野の写真を撮った。


当然だが誰もいない、何も無い。昔、幌馬車隊がユタ州からこの荒野を渡ってロスにたどり着いたが、その侘しく過酷な旅が偲ばれる。夕日に照らされてオジサンの影だけが長くの伸びていた。
奥さんが持たしてくれたオニギリを食べながら一句詠んだ。


「影法師 寂しく伸びる 荒野(あらの)の夕暮れ 」(字余り)


スバニシュの親子が、白と黒の得体のしれない物をムシャムシャ食べているオジサンをいぶかしげに見ながら去って行った。彼らにとってオニギリはたいそう奇妙な物に見えたのであろう。