砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

茨城にて

静岡から茨城に移動したが、当初の予定から大幅に遅れて北茨城の田舎駅に着いた。

スーパーひたちの遅延が原因だが、昨年も同じくスーパーひたちは遅れた。

年に1回しか使わないのに、どうも相性が良くないようだ。


茨城には義母が一人で住んでいるので、大掃除の覚悟で来ている。

案の定、埃だらけであった。

「掃除なんて、したことねえ」とバアちゃんは言うが、もう85歳で足も悪いのでしかたは無い。

長男が東京にいて、定期的に様子を見には来るが、掃除をして行く時間までは無いようだ。


かつてオジサンは「片付けセイちゃん」言われた男である。

「鬼のように掃除していた。」と奥さまも評するぐらい掃除をして、だいぶ奇麗になった。

何とも言えない達成感をかんじる。


体を動かすと腹が減るものである。

静岡では兄嫁が美味しく、健康的な食事を作ってくれていたが 、茨城ではスーパーで出来合いの物を買う事が多かった。

アメリカでは売っていない物がズラ~と並んでいるので誘惑が多い。

物欲にかられ、あれもこれもと買っているうちに、かなり食生活に乱れが生じて胃の調子が良く無い。

それでも食べてしまうのが人間のサガである。


何にも 無い田舎だが最近できた道の駅はなかなか優れもので、地元の野菜や名品などを売っているし、レストランで出しているモノも工夫がされていて美味しかった。


バラオのポスターが至るところで貼られているので、よく見るとコノ町は2020年オリンピック、パラリンピックでパラオ選手のホスト タウンになるそうだ。

太平洋戦争の激戦地の一つであり、大の親日国であるパラオの選手に頑張って頂きたいものである。



道の駅の裏側には久慈川がゆったりと流れていた。

晴れたら綺麗なところである。


半分ボケているバアちゃんが「向こうに見える山は福島だっぺ」と言うので、福島にいる友に思いを馳せた。

しかし、横を通った何処かのジイちゃんが「ちゃうよ!アリャ~まだ茨城だ~あ」と呟いた。


福島の友への思いはハズレたかもしれない。

静岡にて

静岡の実家に帰った。


今回は母の米寿の御祝いに3兄弟の家族が集まるという、個人的には世紀のイベントであった。

弟とは顔を合わせることはあっても家族揃って会うのは久しぶりであった。

年に1回しか帰郷しないから仕方がない。

残念ながらオジサン(私)の子供たちは連れてこれなかったが,15人(+幼児2人)で祝うことが出来た。

曾孫を含めて集い、母も喜んで下さった。


オジサンの2人の息子にロスからビデオメッセージを送らせたが、ほぼお笑い漫才師のようなでき上がりで、誰かが「ケン コスギ」のような話し方だな」とのコメント。

アメリカ人のだから仕方あるまい。

兄弟も顔を合わせると「お互い年を取ったな」と感じる。

正確には「お互い歳を重ねたな」かな。

それぞれの家庭を持ち、違う事情の中で家族を養い働いてきたのだから、シワの中に白髪の中に木の年輪のように苦労は刻まれるものである。

まあ、それなりに元気そうで何よりだ。


米寿を迎えた88歳の母が祝いの中心だが、そこに曾孫がいると自然ともう一つの中心になってくる。

オジサンも叔父ではなく大伯父さんになってしまった。

5歳児のエネルギーは60を越えた大伯父にはついていけないモノがあるが、その大変さも楽しいものがある。

童心に帰る事ができる時間を頂いたような感じだ。同じ事を一人でやっていたら怪しい人になってしまう。


前に読んだ本にこんなことが書いてあった。

「どんなに頑固で偉いお爺さんでも孫と遊ぶと、孫を喜ばせようと威張った顔を崩して孫を笑わそうとする。家族の愛の絆はそうした所に表れる。」

親子三代の絆についての文脈の一つだが、この年になると納得する。

老人は若者からエネルギーを貰えるに違いない。


オジサンも早くジジイになりたいものである。


祝いの宴は山海の珍味を集め、楽しく終えることができた。

オジサンの奥様は「あのマグロは美味しかった~ 久しぶりに美味しいもの食べた~」と思い出しては3日ほど言い続けていた。

魚屋の勘では近海物の鮪に違いない。


弟夫婦も甥や姪たちも帰り、オジサン逹も明日には奥さんの実家の茨城に行くが、最後に猫のクーと戯れて童心を続ける。

箱根にて

実はオジサンは静岡生まれだが箱根観光ははじめてだ。

神奈川県側と言えども御殿場からの距離を考えるとかなり近い。

来週は茨城の片田舎で一人暮しの奥様の母の家で大掃除が待っているので、僅かばかりの観光旅行をしている。


旅行と言うと「知らない町に行ってみた~い、ど~こか遠くに行ってみ~たい」のメロデーが頭を流れ北陸や東北の旅を計画したが、やっぱり近場でも知らない町はまだまだあるので箱根にした。


「デスカバー地元」と言うことで、成田空港から鎌倉、箱根を経て静岡の実家に、向かっている。

もちろん奥様にとっても箱根は初めてである。


この年で海賊船は無いだろうと思ったが乗った。

3


ポーラ美術館の林を見ながらお茶をする。


ガラスの森美術館へ。

ここで思いがけずもモンゴルの馬頭琴アーテスト セーンジャーさんの演奏を聴くことが出来た。

何とも懐かしく感じる音色であった。

郷愁の想いにかられると言うことは、先祖にモンゴルの血があるのだろうか。

CDも買ってしまった。


最後は箱根美術館。

癒されるね~ヤッパリ日本人だね~。