砂漠の徒然草のブログ

ネバダで単身赴任、心の泉を求めて彷徨うワタシ。

そこに愛はあるのか!

モノポリー

今日は家族4人でモノポリーゲームを遊んだ。

ウキペディアによると1900年ぐらいにアメリカで生まれたゲームで「The landlord’s game」と呼ばれたそうだ。

政治、経済、特に土地課税のシステムを学ぶ面白いゲームだ。


なんで突然モノポリーゲームかと言うと、次男が友人に誘われて投資ビジネスの集会に参加した時に、日系不動産で有名なロバート キヨサキのセオリーを学んだそうだ。

殆どが若い白人の集まりだったので、かなり引いたそうだが、キヨサキ氏の本の中にも投資ビジネスを学ぶにはモノポリーは非常に役に立つそうである。


モノポリーは「独占」を意味するが、確かに資本主義を理解するには良いゲームと思う。


さてゲームを始めたが1位、2位に賞金をかけたので夫婦、親子の関係を超えて誰が不動産王になり、破産させるかの熾烈な人生ゲームとなった。


結果的には長男が不動産王になり、オジサンと奥さんのどちらかが先に破産するかの悲惨な戦いとなった。

しかし、オジサンは最後に奇跡の大逆転で僅差で次男を抜いて2位に着いた。


破産した奥さんは息子達に慰めてられていたが、60歳を超えて破産と言うか言葉はゲームと言えども心臓に良くない。

まあ、大富豪になっても何となく現実感が無く虚しい年齢でもある。


奥様は「その賞金はどこから出したんだ〜」と聞いてきたが、オジサンのヘソクリと言うことにしておこう。


逆転された次男が「コレって運の要素が強いよね」と言ったが、「人生って、その運が重要なんだよ」と答えるオジサンの言葉に力はなかった。

Make Drama

久しぶりにLAに帰って来た。


ラスベガスの砂漠気候に慣れてしまっているので、少し湿気があるロスの方が汗ばんでくる。
慣れとは恐ろしいものだ。もはや砂漠の住人モードか!?


息子達が家族で何かしようと言うので「じゃあ、計画は君達に任せた」と伝えといた。
サンデイエゴにでも行くのかなと思ったが映画を観に行く事となった。
随分身近、安い所でおさえたものだ。


オジサンと奥様は「ミッション インポセブル フォール アウト」息子達は「アントマンとワスプ」と別れて観た。
奥様はトム クルーズのファンだそうだ........。


オジサンは映画を観るにはアクションか実話にそったものが多い。
折角の娯楽なんだから観た後に暗くならないのが条件だ。


「人生は一つの映画みたいなものだ。愛と感動のドラマにするか、つまら無く暗いドラマにするかは自分次第」と聞いた事がある。
少なくともホラーやファンタジーの人生は避けたい。
監督は自分だし、主役も自分であるはずた。


そんな事を帰りの車の中で話した。
「また父ちゃん語りグセが始まった」という雰囲気を感じたが....。


オジサンの人生ドラマは後半部分のクライマックスに近いが、息子達はまだこれからなので頑張ってもらいたい。


すくなくとも何時の間にか主役の座を奪われているような事にはなって欲しくない。


さあ、オジサンの後半戦も最後の花を咲かせるか、またまたどんでん返しがあるのだろうか。
終わり良ければ、全て良しなので最後が肝心だな。


「Make Drama!」

ねぶた祭りの夏 その2

その事故は五所川原から1時間ほどの道で起こった。


前の晩に遅くまでワイワイやっていたのが良くなかった。
そろそろ東京に向けて帰らなければなず、早朝出発したが皆疲れ果て運転中のバンの中で寝てしまった。
ねぶたの呪いか、寝ブタになったわけだ。


眠気は伝染するようでドライバーの小川君も深い眠りに落ちてしまった。
ほぼ一直線の単調な田舎の国道だったのも良くなかった。
周りは家もない湿地帯だ。


スピードは60キロぐらいにドンドン加速を続けた。
如何なる直線コースもやがて終わりを迎えるのである。
突然、道は丘を回り込むようにカーブしていたが、全員眠りに落ちたバンはそのカーブに真っ直ぐ突っ込んだ。
そのカーブには青森県警の「居眠り運転 危険!」と書いた大きな看板が張られていたが、その看板の文字も虚しくバンはその看板をぶち破り、支える木の柱の一つに突っ込んだ。
(ゴメンナサイ青森県警の皆さん)


すると、その柱は土手沿いに埋められただけだったので、絶妙な角度で傾斜してくれて、あたかもスキージャンプの発射台のように我らのバンを空中に飛ばした。


オジサンは居眠り続けてはいたが、突然身体がフワと浮くのを感じた。無重力状態のようになり寝ぼけてながらも天に昇ったような何とも気持ちが良い感覚であった。
しかし、直後に地獄が待っていた。


ドライバーの小川君の「ギャオン」という叫びと共にバンは地上に叩き着けられた。
バンの中は荷物が飛び散り、衝撃でオジサン達も色んな所に頭や身体をぶつけ、バンの振動が収まるまで痛さとショックで身体が動かせなかった。


すると東大の竹内が最初に起き上がって、動けずにいる他の者を見回してから「お~俺だけは生きている!助かった〜」と叫んだ。
その声に我に返って他の者もワラワラと起き出したが、この一言で竹内の人間としての評価は下がった。


「何が起こったんだ!」と小川に聞くと、彼はハンドルにうつ伏せていた顔を振り向いて「ヤッチャッタ〜」と不気味な薄笑いを浮かべた。
何をヤチャッタのか知る為にバンの外に出ると、バンは湿地帯のど真ん中にある。


瞬間移動をしたかのように外見は無傷だが、道路から20メートルぐらい離れた湿地帯の中にあるわけだ。


バンの後ろを見ると2メートルぐらいのタイヤの滑った跡がある。


すると、はるか向こうの土手上の道路から声が聞こえた。


「おお~ス、スゲーなにいちゃん達、スゲーのを見させてもらったぜ!コリャ」


オジサン達に後ろを走っていたタンクローリーのオッチャンが一部始終を目撃していたのだ。
オッチャンはかなり興奮しながらも、色々手伝ってくれた。
バンのエンジンはオシャカになってしまったので、このオチャンにニッポン レンタカーに連絡してもらう事にした。
(スミマセンでした。ニッポン レンタカーさん)


さて、この事故はいくつかの奇跡か偶然で成り立っている。


もしバンが看板の柱のど真ん中でぶつからないで、右から左にズレていたらキリモミ状態で助からなかったかもしれない。
もし柱が地面にしっかり固定されていて、傾斜しなかったら発射台にならなかった。
落ちた所が広大な湿地でなければヤバかった。


実に100点満点のタイヤからの着地なので専大生1人がねんざぐらいで後は無傷であった。
スピード、バンの当たり所、柱の傾き具合に湿地帯のぬかるみ具合と条件が揃って九死に一生を得たわけだ。
こうしたチョットしたタイミングの違いで人の生死が分かれるのだ。


こうした経験をすると人は人生観が大きく変わるものかもしれない。


この事故の後、皆さん随分勉強に身が入るようになって、卒業後も随分出世されたそうである。
「栄光へのジャンプ」と語る人もいる。


オジサンはと言うとあのフア~と天に昇るような感覚の後の地獄がトラウマになって、ジェットコースターは乗れなくなった。


毎年ねぶた祭を見ながら、居眠り運転にはくれぐれも気お付けようと思うオジサンであった。